熱力学的エントロピーと情報エントロピーは同じものかどうか(3)

今回は、エントロピー増大の法則を見ていきます。熱力学的エントロピーは、熱の伝導や気体の拡散によって増えます。一度増えたエントロピーは、人為的に操作を加えない限りはもとに戻りません。

簡単な例として、気体の断熱自由膨張を考えます。

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断熱自由膨張前

断熱壁に覆われた箱があり、真ん中で間仕切りにより仕切られています。仕切られた左側には、体積V、温度T、物質量N(=nモルとします)の理想気体が入っているとします。もう一方の右側は、体積は同じVですが、真空でなにも入っていません。

この状態で、真ん中の間仕切りをなくすと、左側の気体は、右側に拡散します。

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断熱自由膨張後

ちなみに、この断熱膨張の前後では、温度Tはかわりません。膨張するもう一方が真空の場合、気体は内部エネルギー(運動エネルギー)が変化しないため、温度は変わらないのです。 この時のエントロピーの変化はどうなるでしょう。前回のブログで示した、熱力学エントロピーの式

 \displaystyle {
dS = \frac{d'Q}{T}
}

をみると、断熱変化なのだから  d'Q=0 dS=0となり、エントロピーは増えない・・・わけではありません。これは間違いです。なぜなら、このエントロピーの式は、可逆変化でしか使えない式だからです。今回は常識的に考えて、一方の部屋から拡散した気体はもとには戻らない不可逆変化であり、この式は使えないわけです。

では、どうするか。膨張前後の状態が決まっているのだから、この前後の等温可逆膨張を考えます。可逆過程なら、上記のエントロピーの式を使って計算できるのです。この場合、断熱過程である必要はありません。何か騙されている感じもしますが、熱力学的エントロピーは状態量であり、途中の過程は関係がないのでこういう計算の仕方ができるのです。

ここで少し熱力学の知識が必要です。使う式は、熱力学の第一法則の  d'Q = dU +pdV と気体の状態方程式  pV = nRTです。(このあたりの説明はすっとばしますので、詳しくは熱力学の教科書を見るか、ネットで検索してみてください。)。内部エネルギー dUは、定積モル比熱 C_vと温度 Tをつかって、 dU = C_v dTと書けますが、ここでは、等温膨張を考えていることから、  dT=0であり、それにより dU=0となります。(上に書いたとおり、内部エネルギーが変化しない=温度は変わらない。)その結果、


\begin{aligned}
d'Q = pdV 
       = \frac{nRTdV}{V} \\
\end{aligned}

となります。これを、エントロピーの式に代入すると、


\begin{aligned}
dS = \frac{nRdV}{V} \\
\end{aligned}

これを、両辺積分するのですが、体積がVから2Vになるので、


\begin{aligned}
S(膨張前後の差分) = \int_V^{2V} \frac{nRdV}{V} = nR \log 2 \\
\end{aligned}

です。等温可逆膨張を想定してエントロピーを計算しましたが、つまりは、断熱自由膨張で体積が2倍になったときは、エントロピー nR \log 2だけ増えるということです。これは正の数となりますので、断熱自由膨張によりエントロピーが増大していることがわかります。

熱力学の込み入った話になってきましたが、次回は、分子1個の場合のエントロピーを考えてみます。(続くのか?)

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今回もこの教科書にお世話になりました。ブログの内容で間違っている箇所がありましたら、コメント等で教えていただけるとありがたいです。