熱力学的エントロピーと情報エントロピーは同じものかどうか(4)

今回は前回計算した断熱自由膨張のエントロピーに関して、分子1個の場合を見ていきます。

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分子1個の断熱自由膨張(膨張前)

前回、真ん中に間仕切りのある箱で体積2倍の断熱自由膨張が起こったとき、熱力学的エントロピーはもとの状態の nR \log 2だけ増えることを見ました。分子1個の場合、 N=1なので、気体1モルの分子の個数(アボガドロ数)を  N_A とした場合、分子1個のとき体積2倍の断熱自由膨張は起こると  R/N_A \times \log 2 倍だけ増えることになります。 このときの  R/N_Aには記号と名前がついていて、 R/N_A = kのことをボルツマン定数と言います。意味は分子1個当たりの気体定数です。ボルツマン定数  k を使って熱力学的エントロピーの増分を表すと  k \log 2となります。

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分子1個の断熱自由膨張(膨張後)

ところで、分子1個の場合、箱の間仕切りを取り除いた前後で何の変化が起きたのでしょう。分子1個の運動エネルギーは変化しません。しかし、熱力学的エントロピーは変化しています。起こったことは、分子が存在する可能性のある場所が2倍となったことです。ここで思考の飛躍をともないますが、分子が存在する場所に対しての我々の知識が変化した、ということもできます。

さて、次に分子1個が箱の左右どちら側にあるかの存在確率について、情報エントロピーがどうなるかを考えます。断熱膨張前では、箱の左側にあることが確定していますので、箱の左側にある確率が1、箱の右側にある確率は0です。このときの情報エントロピーは、前々回のブログに記載した情報エントロピーの式  \displaystyle{ H = -\sum_i p_i \log p_i } から

\displaystyle{
H = -(1 \log 1 + 0 \log 0) = 0 
}

となります。(詳しくは書きませんが、確率0の時の情報エントロピーは0とされています。)

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分子が箱の左右どちら側にあるか

これが断熱膨張後だと、箱の左側にある確率が  1/2、箱の右側にある確率も  1/2となります。その結果、情報エントロピーは、

\displaystyle{
H = -( \frac{1}{2} \log \frac{1}{2}  + \frac{1}{2}  \log \frac{1}{2} ) = \log 2
}

となり、なんともとの状態から  \log2だけ増えることとなります。

さて、分子1個が存在する箱の体積が2倍になったとき、熱力学エントロピーの増分が  k \log 2 で、情報エントロピーの増分が  \log 2というのは何か関連があるのではないでしょうか? 同じように見えても、ボルツマン定数  kが違っているからやはり違うものなのでしょうか? そもそもボルツマン定数  kは分子1個あたりの気体定数のほかに意味があるのでしょうか? 今回はここまでにしたいと思います。(続きはもう書かないかも…)

このあたりの話ですが、「ファインマン計算機科学」の第5章 可逆計算と計算の熱力学に詳しく載っています。ファインマン計算機科学、しばらく絶版だったのですが、オンラインブックスで買えるようになりました。いい世の中になったものです。

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